英語論文を読むことの大変さ

社会人を経て脱サラして大学院に入った経験をもとにブログを書いています。

今日は、英語論文を読むことの大変さについて。
「英語論文 読み方」などで検索すると、多くの方が英語論文を読むことに苦労していること、その攻略方法を求めておられることがわかります。
社会人経験を経て大学院に入った人は、業務で英語を使用していた人はそれほど苦労なく読めるのかもしれませんが、私の場合は業務で英語を使う機会はほとんどありませんでしたので、いまとても苦労していることのひとつです。

もちろん、研究者(になるためにトレーニングしている人)としてのステージが上がっていくにつれて、英語論文を読むことのハードルはどんどん下がっていくようです。
私はいまどのあたりにいるかというと、「自分のテーマに関する英語論文なら、1ページ1時間」という程度の速さです。

攻略方法についてはいろんなページで既に言及されているのでそちらにおまかせするとして、
なぜ英語論文を読むことが大変か、学食で昼メシを食べたあと研究室に戻るあいだ、考えてみました。

単に「英語の文章を読むこと」というハードルを除いたとしても、研究者を目指す院生にとって英語論文を読むこと特有の困難があります。

それは、(国際的な視野で)研究テーマが焦点化されていないから、ということです。

日本語で書籍や論文を読むことで、研究テーマというのはある程度焦点化されていきます。
研究テーマの焦点化というのは、先行研究では何が明らかになっていて、何がまだ明らかになっていないのかを調べて、まだ明らかになっていないことのうち取り組む価値があってなおかつ自分の研究環境で実現可能な部分はなにか、を明文化していく作業のことです。
修士論文でいうと第1章にあたる部分、ということでしょうか(修士論文の構成をよくわかっていませんが)。

で、この焦点化していく作業にあたって、私の場合は、まず日本語でその領域に関係しそうな文献を読んでいきました。
で、ある程度焦点化できたところで、「そろそろ海外の文献も・・・」ということで、いま海外の文献に取り掛かっているわけですが、
日本ではまだ明らかになっていないことであっても、海外では結構前から議論されてきたことだったりします。
今回の私の場合がまさにそうで、海外の文献を調べ始めた途端、焦点化できていたと思っていたテーマが一気に大海原に投げ出されたような感覚です。

そういうときは、潔く国際的にはいまどのあたりまでが明らかになっているのかを調べなおさないといけません。

文献を読むことの何が大変って、その領域の全体像を掴むために、最初のうちはかなり時間をかける必要があるということです。
慣れてきたら、アブストラクトとイントロダクションと結論だけ読んで、よほど自分のテーマに関係しそうならば中身を読み込む、
ということが可能なのでしょうが、それはあくまでテーマが焦点化できているからであって、最初からそういうことができるわけではありません。


・・・というわけで、今かなり自分の研究テーマに揺さぶりが起きていて、そんな中、教授陣の前で修士研究の構想を発表するプレゼンが近づいてきているため、なんとも落ち着かない時間を過ごしています。

本来であれば、出願時の研究計画書で最初に研究テーマを絞る段階で、国外の文献も一定の水準でリサーチしておく必要があるのは言うまでもありませんが、私の場合は国外文献も少しは調べた、という程度で、合格通知を受け取ってからはもっぱら国内の論文ばかり読んでいたので、まあいずれは来る関門だったということでしょうか。

最初に研究テーマを絞るときに、国内も国外も同時並行で読み進めていくのが一番よいのだと思います。