読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

響き合う教育

Symphonic world−教育の学術的・政策的・実践的視点を繋げていく−

大学に行く意味

review-of-my-life.blogspot.jp

こんな記事を見つけて、刺激を受けたので自分も書きたくなった。

(ちなみにこのDAIさんのブログ、幅広いデータを用いながらご自身の経験を裏付けるような記事を展開されていて、素晴らしいです。自分にはここまでのクオリティは無理かも……)


大学に行く意味として、

  • メリット1 生涯年収が上がる
  • メリット2 自己実現の選択肢を見つけることができる

ということをDAIさんは書いている。
メリット1に関しては経済資本的な側面
メリット2に関しては人生の満足度や幸福感の側面
であり、現代資本主義社会においてこの2つは両輪といえるため、説得力がある。

そして、メリット2の自己実現の選択肢を増やすためのポイントとして、下記の3点が列挙されている。

1. 学習環境
2. 人間関係
3. 自由に使える時間

この中で1の学習環境について補足的に述べたいことがあり、記事を書きたくなった。

大学の学習環境の本質は「プロセス」にある?

大学の学習環境を、
「コンテンツ」と「義務的学習空間」というようにDAIさんは分解しているが、
前者はさらに2つに分解して捉えることが可能であり、後者は学習論の体系と結びつけることが可能だ。

大学で学習するコンテンツとは、
例えば「外発的動機付け」といったような教科書に掲載されている概念だけを指すのではなく、
そういった概念を知るための「プロセス」を学ぶことも、大学で学ぶコンテンツだと言える。

つまり、大学で学習するコンテンツは、
「狭義のコンテンツ」と「プロセス」に分解することができるというように考えられる。

そして、DAIさんが主張されているのは、「狭義のコンテンツ」は、大学に行かなくともオンラインで大部分が賄えるのが21世紀だということだが、
この記事で補足したいのは、「狭義のコンテンツ」を習得するプロセスについて学ぶためには、大学という学習環境に身を置くことが最も効率的であるということ。

例えば、ある物事について知りたくなったときに、どのような検索キーワードで検索するのがよいのか。

専門性の低い事柄であれば、Googleで検索すれば様々な情報が出てくるが、
少し専門性の高い事柄であれば、Googleにどんな検索キーワードを入力し、どのサイトどのように見て行くと次のキーワードにたどり着くことができ、Amazonで書籍を注文したりCiniiで論文を検索したりする必要があるかといったことの判断が必要になる。

そういった判断を行うためのトレーニングの場が、実は大学の学習環境である。

大学はなぜそのようなトレーニングに最適なのだろうか。

その答えは、DAIさんの分解の2つめ「義務的学習空間」にあるといえる。
しかしそれは、単位取得が必須だから、といったことはあくまで背景にしかすぎず、本質は、旧ソ連の心理学者ヴィコツキー以降様々な角度から議論されてきている「社会的構成主義」や「共同体と学習の関係論」にある。

知識や概念習得のプロセスについて、
教授が指導してくれることもあれば、
先輩や友人との対話の中で得られることもある。

そしてそこには、実践的共同体ならではの武器、「やって当たり前 という雰囲気」が存在する。

勉強が好きであろうと好きでなかろうと、単位取得義務を背景として、勉強はやって当たり前という雰囲気が大学の中にある。

そして、そのような雰囲気が強い大学ほどよい大学であるという1つの指標になりうるし、現在のところ、大学入学試験の偏差値との相関は高い。
しかし、偏差値は低いが、よい学習の雰囲気が流れるように様々な取り組みを行い、成果を出している大学も目立ち始めているのが現在の状況だといえる。


以上、まとめると、
コンテンツは、コンテンツ(狭義)とプロセスに分解することができ、
義務的学習空間は、学習実践共同体の議論に帰着する。


さらに重要なこととして、ここでいうコンテンツ(狭義)には、アカデミックな教科書に掲載されている事柄だけではなく、人生を豊かにするための様々な知識・知恵を含む。
例えば、一般常識やマナー、キャリアに関することもここに含まれる。

大学という共同体に身を置くことのメリットは、けして教科書に掲載されているような概念を習得するのみならず、知というのはどのようにして獲得していくことができるのか、というプロセスを獲得することにある。